恭賀新年
新年おめでとうございます!
当地は朝からよく晴れて、少し寒いものの昨日より風が弱く、いい日和でした(喜)
昨夜は0時から、除夜の鐘ではなく花火の音が、ずっと華やかに続いてました〜。
お正月の風物詩も変わったものです。
今年もたくさんいいことがあるといいですね。 元気に、まったりと一年を過ごしていきたいと思っております。 旧年中はお世話になりました。 本年もどうかよろしくお願いいたします。
一昨日に、メイ・ウェストという型破りな女優さんについて書きました。
今日は、メイさんとおなじニューヨーク・ブルックリン生まれの女優、バーバラ・スタンウィックさんの話です。
この人は、本名ルビー・キャサリン・スティーヴンス。
1907年に、5人兄弟の末っ子として生まれました。
しかし、2歳で母を亡くし、4歳で父が蒸発するという不幸に見舞われ、里子に出されることになります。 でも、どこにも落ち着けず、次々と里親が代わりました。
まるで少女小説の主人公みたいですね〜。
やがて、嬉しいことに、ショーダンサーになっていた姉のミルドレッドが迎えに来てくれました。 姉の恋人もいい人で、10歳のバーバラを可愛がり、ダンスを教えてくれたそうです。
それが芸能界に目を向けるきっかけとなりました。
学校を中退して電話交換手をしていたバーバラは、15歳のとき、ブロードウェイのオーディションに合格します。
それも、当時もっとも流行していた、ゴージャスなショー組織「ジーグフリード・フォーリーズ」の!
美貌で頑張り家のバーバラは、こつこつと努力して、26歳で主役を張るまでになりました。
1928年、ボードビリアンのフランク・フェイと結婚。 彼に連れられてハリウッドへ行きます。
でも、フランクは売れず、バーバラのほうが注目されました。
1930年、フランク・キャプラ監督の「希望の星」という映画に主演して人気になったバーバラは、売れなくて酒びたりの夫と喧嘩が絶えなくなり、ついに1935年に離婚。
その2年後に出た「ステラ・ダラス」というメロドラマで、子供の将来のために身を引く母、という役を好演して、アカデミー主演賞の候補に!
その後も、ヘンリー・フォンダやゲイリー・クーパーといった一流男優と共演して、4度もアカデミー賞候補になります。
しかし、一度も受賞できませんでした(不思議)
投票する記者たちに嫌われていたわけではありません。
その逆です。
バーバラは、不幸な生い立ちにもかかわらず、気立てがいいので有名な人でした。
男優たちは先を争って、バーバラと共演したいと申し出るし、脚本家たちも、彼女の為ならと張り切っていい作品を書いたといいます。
高名な脚本家ハーマン・マンキウィッツによると、
だったそうです。
もしかすると、立派な性格すぎて自分を売り込む運動をしなかったから、賞が取れなかったのかもしれないですね(複雑)
どの世界も、裏はいろいろありますから…
1939年に「ゴールデンボーイ」でウィリアム・ホールデンと共演。
生涯の友人になります。
でも、恋をしたのは、当時の二枚目俳優のロバート・テイラーで、その年に結婚しました。
評判通り、とてもいい奥さんだったそうですが、テイラーの人気がかげってきたのが原因で、1951年に離婚。
奥さんのほうが評価が高いと、俳優同士の結婚は難しいらしいですね…
知的な美人として、悲劇から喜劇まで、レディーから悪女まで演じ分けることができた彼女は、年を重ねた後はテレビに足場を移し、「バーバラ・スタンウィック・ショー」や、大牧場主を演じた「バークレー牧場」というドラマで、ずっと人気者であり続けました。
1982年にはアカデミー名誉賞を受けています。
生まれた場所や初婚の相手、ダンサーが出発点だったことなど、メイ・ウェストさんと共通点の多い人なのですが、個性はまるで違ってますね。 正反対といってもいいほど。
ただ、どちらもしなやかに強い人で、魅力的だと思います。
web拍手、たくさん来てくださってありがとうございます! 年末年始向きに、陽気な話にしてみました(笑) 今度のヒロインは、少し軽率な人ですが、欠点があってもカワイイというこで、気軽に読んでやってください。
☆ コメント返しはこちらです♪ ↓
web拍手より
22:52 「さばけた彼女に引っ張られるのかと思いきや、主人公が常識人でたくましくて予想外の展開でした」
← そうですね、最初は一方的に真千子さんのペース、だったんですが、途中から急に話が変わってきます。 これまでイイ子チャンばかりのヒロインだったので、小話はちょっと悪女(?)でもいいかなと思って書きました。 軽く楽しんでいただけましたでしょうか?(だといいんですが)
当地は朝からよく晴れて、少し寒いものの昨日より風が弱く、いい日和でした(喜)
昨夜は0時から、除夜の鐘ではなく花火の音が、ずっと華やかに続いてました〜。
お正月の風物詩も変わったものです。
今年もたくさんいいことがあるといいですね。 元気に、まったりと一年を過ごしていきたいと思っております。 旧年中はお世話になりました。 本年もどうかよろしくお願いいたします。
一昨日に、メイ・ウェストという型破りな女優さんについて書きました。
今日は、メイさんとおなじニューヨーク・ブルックリン生まれの女優、バーバラ・スタンウィックさんの話です。
この人は、本名ルビー・キャサリン・スティーヴンス。
1907年に、5人兄弟の末っ子として生まれました。
しかし、2歳で母を亡くし、4歳で父が蒸発するという不幸に見舞われ、里子に出されることになります。 でも、どこにも落ち着けず、次々と里親が代わりました。
まるで少女小説の主人公みたいですね〜。
やがて、嬉しいことに、ショーダンサーになっていた姉のミルドレッドが迎えに来てくれました。 姉の恋人もいい人で、10歳のバーバラを可愛がり、ダンスを教えてくれたそうです。
それが芸能界に目を向けるきっかけとなりました。
学校を中退して電話交換手をしていたバーバラは、15歳のとき、ブロードウェイのオーディションに合格します。
それも、当時もっとも流行していた、ゴージャスなショー組織「ジーグフリード・フォーリーズ」の!
美貌で頑張り家のバーバラは、こつこつと努力して、26歳で主役を張るまでになりました。
1928年、ボードビリアンのフランク・フェイと結婚。 彼に連れられてハリウッドへ行きます。
でも、フランクは売れず、バーバラのほうが注目されました。
1930年、フランク・キャプラ監督の「希望の星」という映画に主演して人気になったバーバラは、売れなくて酒びたりの夫と喧嘩が絶えなくなり、ついに1935年に離婚。
その2年後に出た「ステラ・ダラス」というメロドラマで、子供の将来のために身を引く母、という役を好演して、アカデミー主演賞の候補に!
その後も、ヘンリー・フォンダやゲイリー・クーパーといった一流男優と共演して、4度もアカデミー賞候補になります。
しかし、一度も受賞できませんでした(不思議)
投票する記者たちに嫌われていたわけではありません。
その逆です。
バーバラは、不幸な生い立ちにもかかわらず、気立てがいいので有名な人でした。
男優たちは先を争って、バーバラと共演したいと申し出るし、脚本家たちも、彼女の為ならと張り切っていい作品を書いたといいます。
高名な脚本家ハーマン・マンキウィッツによると、
「バラの咲く丘の上の家にバーバラと住んで、おかえりなさい! とアップルパイを出してもらうのが、男の夢」
だったそうです。
もしかすると、立派な性格すぎて自分を売り込む運動をしなかったから、賞が取れなかったのかもしれないですね(複雑)
どの世界も、裏はいろいろありますから…
1939年に「ゴールデンボーイ」でウィリアム・ホールデンと共演。
生涯の友人になります。
でも、恋をしたのは、当時の二枚目俳優のロバート・テイラーで、その年に結婚しました。
評判通り、とてもいい奥さんだったそうですが、テイラーの人気がかげってきたのが原因で、1951年に離婚。
奥さんのほうが評価が高いと、俳優同士の結婚は難しいらしいですね…
知的な美人として、悲劇から喜劇まで、レディーから悪女まで演じ分けることができた彼女は、年を重ねた後はテレビに足場を移し、「バーバラ・スタンウィック・ショー」や、大牧場主を演じた「バークレー牧場」というドラマで、ずっと人気者であり続けました。
1982年にはアカデミー名誉賞を受けています。
生まれた場所や初婚の相手、ダンサーが出発点だったことなど、メイ・ウェストさんと共通点の多い人なのですが、個性はまるで違ってますね。 正反対といってもいいほど。
ただ、どちらもしなやかに強い人で、魅力的だと思います。
web拍手、たくさん来てくださってありがとうございます! 年末年始向きに、陽気な話にしてみました(笑) 今度のヒロインは、少し軽率な人ですが、欠点があってもカワイイというこで、気軽に読んでやってください。
☆ コメント返しはこちらです♪ ↓
web拍手より
22:52 「さばけた彼女に引っ張られるのかと思いきや、主人公が常識人でたくましくて予想外の展開でした」
← そうですね、最初は一方的に真千子さんのペース、だったんですが、途中から急に話が変わってきます。 これまでイイ子チャンばかりのヒロインだったので、小話はちょっと悪女(?)でもいいかなと思って書きました。 軽く楽しんでいただけましたでしょうか?(だといいんですが)

