まだらクラブ

恋愛小説サイト『地リスの応接間』管理人がトボトボ綴る、更新に関する記録です。

また風

今年は低気圧が束になってやって来て、日本の近くで合体することが多いですね〜。
雨が降ってくる前に何とか帰れましたが、今夜からまた寒くなるそうで…。 高波や突風にならないといいですね(不安)






連載中
《丘の家》… ちょっと難しい展開になっています。 次の回で詳しく説明できると思います。









それでは、親戚つながりの三人目、
ジョージ・クルーニー(本名ジョージ・ティモシー・クルーニー 1961〜現存)について。



ケンタッキー州レキシントン出身。
父親は、映画評論家&ニュースレポーターの、ニック・クルーニー。
歌手ローズマリー・クルーニーの兄弟です。


身長178センチで、運動万能少年だったジョージは、学生時代に野球のシンシナティー・レッズに入団テストを受けに行ったほど野球好きでした。
それが、芸能界を目指すようになったきっかけは、ローズマリーの長男ミゲル・ファーラー。
仲良しの従兄弟ミゲルが映画を製作することになったため、軽い気持ちで端役出演しました。


撮影中に、何かピンと来るものがあったんでしょうね。
ジョージは突然、俳優になると言い出し、大学を辞めてしまいました。


1982年、ロスアンジェルスでテレビドラマに初出演。
1984年には念願の映画デビューを果たします。


しかし、まったくといっていいほど人気が出ませんでした(なぜだ?)


それから長い間、下積みの時代が続きます。


その間何年か、友達の部屋の押し入れで寝起きしていたそうです(笑っていいのかな、ちょっと気の毒)





苦節10年、遂に運がめぐってきました。
テレビドラマ「ER緊急救命室」が始まり、小児科医ダグ・ロス役で出たジョージは、突然ブレークしたのです。


不意に出演依頼が殺到するようになって、本人は戸惑ったらしいです。
でも人気は本物でした。


すべては{ER」のおかげだと、忙しい中でも時間をやりくりして、彼は1999年までシリーズに出続けました。
しかし、2000年に「スリー・キングス」、「パーフェクト・ストーム」と、大作映画の出演が続いたため、とうとう「ER」を降ります。



その後の活躍はご存じの通りで、
2001年に「オー・ブラザー!」
2002年に「オーシャンズ11」
など、ヒット作に出まくりました。


2007年の「さらば、ベルリン」で、アカデミー主演賞候補に。
「シリアナ」で、アカデミー助演賞をもらっています。


また、2006年まで、スティーヴン・ソダーバーグと〔セクション8〕というプロダクションを結成して、映画製作や監督もやっていました。

1950年代の共産主義者追放騒ぎを描いた「グッドナイト&グッドラック」で監督をして、これまたアカデミー賞候補になっています。



伯父さんのホセ・ファーラーにおとらず、才人ですね〜。




初め、人気がなかなか出なかったのは、クラシックな顔立ちのせいかもしれませんね。
ケイリー・グラントやクラーク・ゲイブルのような、やや丸顔で端正な、濃い顔ですから。
今や美男美女はスターになりにくいってことでしょーか(私は美人好き)




私生活では、1989年から4年間、タリア・バルサムと結婚していました。
その後は、サラ・ラーソンという人とバイクに二人乗りしていて、事故を起こしたのがニュースになってます。
サラさんは足を、ジョージ氏は肋骨を折ったとのこと。




1年ちょっと前に、最愛のペットを亡くしています。
18年間大事にしていた、豚のマックス君。



動物好きなんですね。












web拍手ありがとうございます! 今、新しい話の登場人物名を考えています。 ピタリとはまらないと気分が出ないので。 外国物1つに、日本物2つ……(混乱してきた)










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《幸福の条件》、《聖エラスムスの火》、《二重の記憶》、《もぐら》にご感想を寄せてくださった方々、ありがとうございました!



《二重の記憶》について
ナミ○様、ドキドキしてもらえて本望です! 過去の記憶の中と現実で二度おいしい(ちがーう!)恐怖を味わうシーンが、書いていて楽しかったです。 真犯人は、定番どおり意外な人物ということで。 面白いと言っていただけてウレシー(喜)


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